| 未だ雨降り止まぬ |
| 「夏風邪って言うのは馬鹿がかかるものだと相場が決まっているんだがな」 「それならおまえが引かないのはおかしいってことか…」 やや苦しげな声で大神が悪態を吐く。 「俺は一応褒め言葉のつもりだったんだが?」 ふらりと立ち寄った大帝国劇場、隊長室。 部屋の主は珍しく、ベッドの上に寝転んでいた。 聞くと、何でも夏風邪だとか。 「良いシチュエーションだよなあ。重病の親友を見舞う色男と言うのも。 そうだ、蜜柑ゼリィでも持ってきてやろうか?俺が食べさせてやろう」 「…いらん。訳のわからないことを言ってこれ以上俺の熱を上げないでくれ…」 第一、重病っていうのは何だ、ただの夏風邪じゃないか、そんな続きの言葉はひどく掠れて聞こえた。 「今大体何度あるんだ?」 額に手を乗せれば、煩わしそうに払いのけられる。 「測っていない」 「…どうしてだ?」 「数字で現実を突きつけられるのが嫌いだ。 自分の体温にはっきり気付いたら余計体調が悪くなりそうだし…」 言葉を出すのも辛くなってきたのか、段々と声のボリュームが下がってきていた。 舌にもつれている様な感じも受ける。 加速度的に大神の病状は悪化しているようだった。 「一応、高いって自覚はあるんだな。 体温を測っていないってことはどうせ医者にも掛かってないんだろう?薬くらいは飲んだのか」 「市販の薬はあまり体に合わない… 大体夏風邪なんて病気のうちに入らない、ちゃんと栄養を取れば治る…」 「ほう。じゃあ朝から何を食べた?」 「食欲が無い…」 「お前、子供より性質悪いぞ…」 つまり、何もしていないってことか。 普段、俺にはあんなに口うるさいのに…加山はやれやれと溜め息を吐いた。 加山の溜め息の理由はわかるのだろう、大神の頬が熱以外の理由で一瞬赤く染まった。 「しかし、今日は静かだな。 昼時に大神の部屋にいるときなんかは大概花組の皆さんの声が聞こえてくるのに」 大体、大神を一人にしているってことが珍しい。 いつもなら、なんやかんや用事を作って大神を離さないはずなんだが…。 調子が悪い大神に遠慮でもしているのだろうか。 「…今日は支配人やかえでさん、それに皆で歌舞伎を観に行ってるんだ。招待されたんだよ」 「お前は風邪だから留守番か」 咳き込んだ大神に机に置いてあった水を渡すと、 大神はありがとう、と軽く礼を言って受け取り、すぐにそれを飲み干した。 「いや、俺はもともと留守番のつもりで… 皆が出掛けたら何か気が抜けたのかちょっとへばっちゃって…」 「あ〜…なるほど、ね」 たぶん、大神は誰もいなくなるまで自分の体調の悪さに気付きもしなかったのだろう。 良くも悪くも大神は自分のことには無頓着だ。 無意識のうちに他人を気遣ったのかもしれない。 もし、大神の体調が悪いことを知ったなら花組の乙女たちは 彼一人を置いて出掛けることを躊躇ったに違いないから。 「じゃあ、せっかく一人で休んでいたところを俺が邪魔してしまったわけか…悪かったな」 「いや、別に…」 大神はあまり自分の弱った姿を他人に見られるのを好まない。 ただでさえプライドが高くて、頑固な男だ。 そのいっそ潔いほどの頑迷さに惹きつけられ思う。 もう少し楽な生き方をしろ、と。 ただ同時に思うのだ。 そのままでいてくれ、とも。 しばらくお互い無言のままだったが、 ぼんやりと何をするでもなく椅子に座っていた加山に向かって、 「おまえ、もう任務に戻れよ…月組は、大丈夫なのか?」 大神は弱々しい声でそう言うが、 「あいにくと今日は急ぎの任務はなくてな。暇なんだ」 あっさりと却下される。 「…勝手だな、俺が探している時は大体いない癖に」 困ったように笑う大神の姿は、加山を迷惑がっているようにも、歓迎しているようにも見えた。 或いは両方だったかもしれない。 「見てみろよ、外。結構な雨だ、ちょうどいいから少し雨宿りさせてくれよ。 止んだら帰るからさ、それくらいいいだろ?」 「…」 「濡れたら風邪を引いてしまうかもな〜」 茶化すような笑い。 少し濡れたくらいで風邪を引くような人間でないことは、 加山自身も勿論大神もよくわかっているのだが。 「…雨が止むまで、だぞ」 あくまで、仕方ないという姿勢を崩さない大神の言葉に、ありがとう、と軽く加山は微笑んだ。 「みんな、ちゃんと傘持っていったかな」 「大丈夫じゃないか?天気予報でも言ってたし。新富だろ、タクシーって手もあるさ」 「それもそうか…」 大神の隣で図書室から持ってきていた探偵小説を読んでいた加山は 大神の声で視線を上げた。 声が掠れていると言うのに、大神は何度も加山に話しかけていた。 面白い本は無いかだとか、月組隊員はどうしているだとか、 取るに足らない話ではあったが、大神は言葉を止めようとはしなかった。 「雨はまだ止まないのか?」 「少し強くなったみたいだ」 たぶん大神は静かな空間をあまり経験していないのだろう。 四人兄弟の二番目として育ち、士官学校という集団生活の中で青春を過ごして、 赴任先の帝国華撃団は言わずもがな。 もともと、大神の元には人が集まることが多かったこともあった。 自分もその一人ではあったが。 「…やっぱり俺がいて良かったろう?」 返事は無かった。 どうやら眠りこんでしまったらしい…それを見込んでの台詞でもあったが。 やはり熱があるのか時折顔をしかめるが、くぅくぅと健やかな寝息をたてている。 「病気のうちに入らないだとか言って馬鹿にするもんじゃないぞ。 …夏風邪が元で亡くなった人間だっているんだからな…普段健康な人間こそ注意すべきなんだ」 大神にももう少し自分を注意してもらいたいものだな、と自分のことは随分棚に上げて考えた。 部屋に備え付けてあった救急箱から水銀の体温計を取り出すと、胸元をはだけさせ脇に挟ませる。 その間に、手早く水で少し塗らしたタオルで全身を拭いていった。 「…まったく」 四十度に近いというのはどういうことだ? 普通ならまともに喋ることすら出来ないだろうに、この男は、まったく。 「やっぱり普通の人間じゃないよな…お前って奴は」 何度も彼には「おまえの体質は人間のものじゃない」とからかわれていたが、 今こそその言葉、そっくり返そう。 先程より安らかな寝顔に見えることが嬉しくて、 熱さましを水に溶かし、コップを大神の唇に当てると少しづつ水を飲んでいく。 「そうだ」 何か良いことを思いついたかのように、 楽しそうな一声をあげると薬の溶けた水を自分の口に含み、大神の唇に触れた。 そのまま、水を流し込む。 人の唇、それに舌の温かさに反応してか、大神の瞳がぼんやりと開いた。 「加山…」 言葉と共に水が毀れる。 慌てて、体を大神から離した。 「…あ、大神…えーっと…」 「…まだ雨は止んでないんだろう?」 「…」 「だったら、いいさ…」 大神は再び目を閉じ、加山は唇で水を注ぎ込んでいく、ゆっくりと。 窓の外、夏の大地を打つ雨の音はもはや聞こえず、耳に入るのはただ蝉の声。 |
| くりぞお様から頂きました残暑お見舞いですv うーふーふーvらぶらぶですよ〜vv 加山いい奴だなぁ〜v大神さんはかわいいし(^^) 病気バンザイ(笑) 幸せなお話をありがとうございました〜vv 大神さんって実際こんなタイプだと思う私。 加山は…熱があっても、結局気付かずに その内治ってそうな気もしたり(笑) |