『EDEN's LAND』《E》

波の音と潮の香だけが辺りを満たす砂浜、エルザムは稍や離れた位置に立つ男の姿を遠目に眺めながら、ゆっくり歩み出す歩を進めていた。

 風の強い冬の海を前に、すっと背筋を伸ばし一直線の眼差しを水平線の彼方に注ぐゼンガーの有様は、常と変わらずエルザムに、大地に突き立つ揺るぎなき一刀を想わせる。神話や伝承などに謳われる、真の勇者のみが抜き払い、手にする事が出来る、類い稀なる力を秘めた、それ。

 想い浮かべてエルザムは、自嘲に近い笑みで淡く己が唇を彩らせた。そんな神秘の大剣を、扱うに足る英雄が自分だと、自惚れては居ないかと。それこそ、愚かな発想だと一笑に伏してエルザムは、風に掻き乱され靡く長い髪を、浮ついた己が心の如く煩わしげに振り払う。

 彼の力は彼だけのもの。誰のものにも、まして欲しいままにもならぬ剣。だからこそ、独立不羈の力は彼に在り、強さを生み出す源となるのだと。それが解っていたから己は彼を誘い、また自らも相手と種こそ違え同じく在る『力』たらんと、既存の組織を飛び出した筈であるのに。

 ふとした折に気づく。寄るべき大樹、縋るべき縁、そうしたものを誰かに――彼の姿に求めそうになる自分を。それを今も、憧れに似て焦がれる、ゼンガーの独り立つ横顔に思い知らされてエルザムは、そっと人知れぬ溜息を吐いた。
 少なからず、いいや、常に。此の身の裡で渦巻く、自己嫌悪の想いが深まれば深まるほど、頬に浮かぶ微笑みは濃くなり。そうして醜い嗤いの奧でエルザムはゼンガーを恋う。どんなにか彼は、彼の存在は、自分の彷徨い歩く闇の中では得難く、見失い難い道標であるか。

 地球の引力を逃れた宇宙の果て、コロニーで生まれた人間には総じて帰属願望や所有欲が強いと云う。そうした人種的な問題に話を刷り替え、都合良く誤魔化してしまえる筈も無いが。この、切ない程に溢れて止まぬ気持ちは何時から、何処から来て、いつ何処へと還るのか。

 そんな徒然を只、緩く伏せた青藍の眼差しに秘めたまま、静かに水際を歩き続けていたエルザムは、いつしか己がゼンガーのすぐ傍らまで辿り着いていた事を知った。

 何気なく上げた視線の先、酷く痛そうな顔をして此方を見る灰銀の双眸に出会い、エルザムは緩く首筋を傾げさせる。何か、彼を不快に想わせる表情を、己は浮かべて居ただろうか、と。

「……ゼンガー? どうした、怖い顔をして?」

 戯れに問う語尾が、風に紛れる。しかし、それでも間近な相手の耳には届いたものらしい。ハッと我に返った風に見えるゼンガーの姿にエルザムは、苦笑を洩らして眼を細めた。

 無意識に浮かべるのも渋い顔なら、意識して装うのも渋面でしかない、彼。それでも偽りの笑みを仮面と選ぶ――しかもそれが処世の為の道具と知っていて尚、使う――己より余程、彼の飾らぬ表情の方が慕わしい。エルザムは間違いなく、そう想う。

「君が強面なのは、今に始まった事では無いが?」

 冗談に交える言葉の裏に潜む、醜い嫉妬と羨望。己には出来ぬ、持ち得ぬ物を幾つ、彼は自然と身に備えているのだろう、と。そんなエルザムの心を知ってか知らずかゼンガーは、鈍く重たい息を吐き出して不意に、こんな事を彼に囁いた。

「……抱き締めても構わないか、オマエを――…」

 刹那、「あぁ」と、エルザムは呻きたい気持ちに囚われていた。何処までこの彼は無意識に己の胸を貫き、その闇を斬り開いてくれるのだろうか。――そうした考えが既に甘えであり、彼への期待と依存であるのだと承知しつつ、エルザムは微笑った。最早、他に選び取るべき表情は、彼には残されていなかった。

「……構わんが、どうぞ?」

 精々、道化た調子を装ってエルザムは嘯くが、「そう」したいと先刻から想っていた己を偽り切れず。彼は相手を待ち構える指を更に差し伸べ、ゼンガーが此方を抱き寄せるのと殆ど同時に、友の背を両腕の中に抱き締めていた。

 揺るぎなき、大いなるもの。この腕に背に、強さに確かさに。己は、どれだけのものを預け、委ねて憩って居るだろう。泣きたくなるような女々しさすらも、今は甘んじて噛み締めてエルザムは、自らを大地に繋ぎ止めてくれる友の肩に、己が額を寄り添わせて居たのだった。


■END■



相互リンクして頂いている、
Buddy-SYSTEM様の稲葉一成様より
バレンタインSSを頂いてしまいました〜v
エルゼンです!!
こちらはエルザムサイド、ゼンガーサイドと対になっております。
アップが遅くなってしまって申し訳なかったのですが、
本当に嬉しかったです!!
ありがとうございました!!