『EDEN's LAND』《S》

波打ち寄せる砂の浜辺、その汐が満ち退く濡れた水際に佇みながらゼンガーは、ゆっくりと此方へ歩み来る男の姿を眺めていた。

 風に靡く、長い金の髪。幾つになっても変わらぬ、もしかしたらこの先、なにひとつ永劫に、変わらぬのではないか――そんな事が有り得る筈もないのに――とさえ想わせる、穏やかながら何処か、酷く無邪気な子供めいた微笑を漂わせる口元。

(……エルザム…)

 胸に密か彼の名を呟いてゼンガーは、その灰銀の瞳を眇めさせる。先の戦役終結後、自分達は戦犯に等しい扱いを受け、謂わば「お尋ね者」として、連邦軍など各方面から追われる立場にある。又、そうした干渉や拘束を嫌い、真に人々の『剣』となり『盾』となる『戦力』を守るべく、独自のルートとルールを持って一軍を率い、潜伏を続ける最中であった。

 にも関わらず、こうしてエルザムは時にゼンガーを誘い気紛れに、或いは気晴らしに適当な場所へ彷徨い出て、何をするでもなく散策や観光を楽しんだりする。それが己の為のみならず、彼の息抜きにも繋がっているのだと、ゼンガーも知っているのだが。時折、ゼンガーには堪らなくなる。

(――エルザム、オマエは何処まで……)

 往こうと云うのか、背負おうと云うのか。たった独り、誰にも何も明かさずに。そうして微笑みを浮かべたまま。彼を見つめるゼンガーの瞳に、苦渋の色が滲む。エルザムの能力の高さ、度量の広さ、そうしたものは嫌でも彼も知っている。誰より時に身近に在り、間近に接して来た自分であるのだから。

 ――けれど、それでも。ゼンガーは想う。余り無理をするな、と。彼に。エルザムが頼りない訳ではない。寧ろ、その逆。ふと気がつけば自分でさえも彼を頼り、頼みにしてしまっている事がある。そんなエルザムだからこそ、ゼンガーは願わずには居られない。

 ……どうかたった独りで何処までも、往ってしまわないで欲しい。ひとりの人間が持てる力には、必ず限界と限度がある。それを忘れて果てなく望み、また人から望まれ叶え続けていれば、その行く末に待つのは只、破滅しかない。

 彼の望む途と、己の貫く道とは、決してすべてが同じでは無い。だが、だからこそ居場所を違え、分かち合う事が出来る重荷も有る筈だ。それをどうか己に秘したまま隠して、何処かへ持ち去ってしまわないで欲しい。何時か彼の希みが生命と共に潰え果てる、そんな先の未来までも――。

「……ゼンガー?」

 どうした、怖い顔をして? と、傍まで来たエルザムに問われ、ゼンガーはハッと我を取り戻した。昏い想いに囚われる余り、それが顔に出ていたかと、本当に渋い顔になった彼に、エルザムはクス…と笑って首を傾げさせた。

「君が強面なのは、今に始まった事では無いが?」

 クスクスと揺れる吐息に肩が震え、海へと流れる風が彼の金髪を、波の果てる先まで浚って行こうとする。その姿を見留めたゼンガーは鈍く奥歯を噛み、重く呼気を逃して低く、呟くようにエルザムへと問い返した。

「……抱き締めても、構わないか?」

 オマエを、と彼から乞われてエルザムは、流石に少し面食らった様子であった。しかし、すぐに花が綻ぶような笑みを浮かべ、

「あぁ、構わんが。……どうぞ?」

 と、戯れめいて返しがてら自らも両腕を差し伸べて、ゼンガーの身体を抱き寄せたがる仕草を見せた。その彼の手に抗わず己が背を預けながらゼンガーは、深く強く我が胸の裡にエルザムの身を抱き竦めた。

 こうして守り、包み込み、庇われる事など、彼は望まないだろう。けれど今は、今だけは、せめて。愚かな男の、エゴイスティックな自己満足なのだとしても。――君を何からも護り、安寧の裡に繋ぎ留める楔で在りたい。そんな虚しい祈りを懐いたまま、ゼンガーは友たる相手の髪に、その深く瞑目した横顔を埋めさせていた。


■END■

相互リンクして頂いている、
Buddy-SYSTEM様の稲葉一成様より
バレンタインSSを頂いてしまいました〜v
エルゼンです!!
こちらはゼンガーサイド。エルザムサイドとと対になっております。
アップが遅くなってしまって申し訳なかったのですが、
本当に嬉しかったです!!
ありがとうございました!!