君が欲しい


ハンガーの騒音が、ロブは結構好きだった。
機械類の唸り、エンジンの轟音、響く金属の触れ合う音、電子音、それらに負けぬよう張り上げられる人々の声。
そこに漂う、活気と熱気。
おそらく長く留まることは耐えがたいと思う人間が多いと思われる騒音の洪水の中にいると、胸の奥がざわっと粟立つような瞬間がたまにある。
根っから、ロボットが、メカが好きなんだな、と自分でも可笑しく思う。
ただ、この騒音の中に身を置いているとその外の世界の事を忘れてしまいそうになるのは少々困る。
正確に言えば、忘れてしまいたくなることが、そして、それでも構わないと思ってしまうことが、だ。
困ると思うのは、それをあまり面白くないと思う人間もいるらしいから。
彼はロブにとっては、ハンガーの中の世界の要素でもあり、外の世界の要素でもある。
いっそどちらか一方に属してくれていたら、もっと楽に考えられたかもしれないな、とロブは思う。
何も、ロブを外の世界に引き戻し繋ぎとめるのは彼の存在だけ、というわけではない。
さまざまな事柄のうちの、ひとつでしかない。
それでもロブは、そのひとつをとても大切に思っている自分を知っている。
だから、ともすればそれすらも忘れてしまいそうな、そんな自分に困っている。



Rマシンのメンテナンスの様子を見守っていた時、ハンガーの出入り口の鉄扉から彼―――カーク=ハミル博士―――が姿を現すのが目に止まった。
いつもの見慣れたしかめっ面で、会釈を投げてくる整備要員などはまるで目に入らないような様子で足取りを進めてくる。
まったく、と、少し呆れながらロブは彼に向かって手を振って合図を送った。
表情は変えないまま、カークが軽く手を挙げて返す。
口を開いて何か言ったようだったが、丁度装甲の換装中だったRマシンからの凄まじい金属音で何も聞こえない。

「おーい!聞こえないんだ、こっち来てから言ってくれ!」

怒鳴り返したロブの声に、カークは更に顔をしかめて、急ぐでもなく歩調は保ったまま寄ってきた。
他の者のように騒音に負けぬような大声を発するのではなく、カークはロブの耳元に顔を持ってきて深い声で話す。

「おまえが監督しなければならないような作業ではないだろう?
何故立ち会っているんだ?」

ロブは、心外そうな大声で答える。

「別に立ち会っちゃいけないってことはないだろう?
丁度手が空いていたし、ちょっと様子が見たかったから来ただけだよ。
で、何かあったかい?君は用事がなければここへは来ないもんな。」

カークが溜め息にも似た吐息を漏らしながら、手にもった書類の束をかざして見せた。

「先日のテストのデータ、予定より早く上がってきたんでな。
一緒に検討しようかと思っていたんだが…どうする?
まだここにいるつもりなら、そう急ぎでもないから後でもいいが…。」

そう言いながらカークがロブに期待している答えは、もうわかっていた。

「いや、見せてくれ、出来ることは早くやっちまったほうがいい。
ここじゃ落ち着いて話していられないな、出よう。」

ロブの答えに、カークはおそらく満足している。
そんなことを顔に出すような男ではなかったが。



通路を並んで歩きながら、カークがぽつりと口に出した。

「やれやれ、おまえをあそこから連れ出すのは、結構な骨だよ。」

どこか諦めにも似た響きを含んだカークの声を、ロブは不思議な思いで聞く。

「どういう意味だ?すぐ出て来たじゃないか。
俺は、時間になればちゃんと帰っているし、勤務中だってハンガー以外の場所にいる事は結構多いだろ?
そう、四六時中詰めているわけじゃないよ。」

「まあ、そうでもあるが…所在がわからない場合は、だいたいおまえはあそこだ。
探す手間が省けるのはいいんだが。」

そう言って手元の書類に見るともなしに目をやっているカークの横顔を見て、ロブはなんとなくカークの言いたいことがわかった。
さっき、ロブが考えていたことを、カークは言っているのだと。
ともすればあちらの世界にすっかり持っていかれてしまう、心のことを言われているのだ。
ロブは少しだけ考え込んで、口を開いた。

「カーク…君は、この仕事が好きだろう?俺にはそう見えるよ。
俺のも、君のそれとはそう変わらない…ちょっと仕事熱心なだけってヤツだ。
君はどちらかと言うと研究のほうが好きだろう、俺は現場が好きなんだ。
それだけの違いでしか、ないよ。」

言葉を切ってカークのほうを窺ったが、カークは何の反応もなくまだ書類に目を落としている。
カークはおそらく、どう答えを返したものかわからないでいるのだろう。
ロブの言葉を反芻しながら、その真贋を見極められずにいるのだろう。
端からは冷たいほどに合理主義の取っ付き難い男だと思われているようだが、それだけでなくカークは意外と不器用だ。
手先のことではない、心が不器用だ。
カークにだって、心の動きが、感情の波立ちがある。
ただ、それを表に現すのがどうしようもなく下手なのだ。
例えばこんな時に、ロブに返す上手い言葉も相応しい表情も見つけられないくらいに。
そうなのだと、ロブは思っている。
それに気づくまでは結構時間がかかったが、そう意識して見だしてからは、やはり、と思うことばかりだ。

「だから、安心していいよ。」

その言葉には、カークははっきりとした反応を返してきた。
驚いた目をあげて、ロブの顔をまじまじと見つめている。

「…何の話なんだ?別に何も心配などしていないだろう。」

「ああ、そう。ならいいよ。」

ロブは笑いたいのを我慢してカークの背中を軽く叩く。
カークの今の顔は、誰も知る筈はないと思っていた杞憂にいきなり答えを返されて面食らった顔だ。
まったく、感情を表すのが苦手なだけかと思ったら、隠すのも下手だ。
もっともロブが相手でなければ、こんな場面はそうそうある事ではないのだろう。
ふいと逸らされたカークの苦虫を噛み潰したような顔が、なんだか思春期の素直じゃない少年みたいで可笑しい。



通常の勤務時間が終ったあとも、ロブとカークは場所をロブの部屋に移してデータの検討を続けていた。
もっとも、だいたいの重要な項目については既に確認が成されていて、二人が続けていたのはもっぱら機体に関する四方山話といった程度のことだった。
つまりは、もう少し話していたかったからそうしていたに過ぎない。
ロブはどちらかと言えば話好きなほうだったし、ましてやロボットに関してはいくらでも話すことはある。
だが、カークのほうはそうではない。
確かに、カークは実際にはロブに負けぬほど研究に関しては熱心でもあるし、好きなのだろうと思う。
しかしそれを他人と語り合って楽しむ意識は、カークにはない。
そのカークがこうして過ごしているのは、相手がロブだからだ。
それがロブには、わかっていた。
そんなことは、日頃そばでカークを見ていればすぐにわかる事だ。
今までカークを理解してくれる人間、あるいは理解しようとする人間はあまりいなかったのかもしれない。
自分がそうだとは言わない、だがそうでありたいとは思う。
物好きなだけかもしれないが、カークを放ってはおけない。
カークが、ロブにはほんの少しだけ、心を開く。
そうしても良いのだと、ロブが何かにつけてカークにアピールし続けてきたから。
すこしだけ心を開ける相手を見つけて、カークは執着を覚えはじめている。
ロブという存在が、だんだんとカークの居心地の良い場所になっていく。
この奇妙な絆が、ロブは結構好きだった。
そうやって少しずつカークがロブを手放せなくなっていくのを、心のどこかで意識しながら。



時間を忘れて続けていた話がふと一瞬途切れて、ロブはカークの熱っぽい眼差しに気づく。
いつからこんな目を自分に向けていたのか判らないが、こちらが気づいて水を向けてやらねばおそらくカークは自分からは一歩も動くことはないだろう。
動き出したら止められないんだけどな、とロブは胸の中だけでひとりごちた。

「カーク…そろそろ、ベッドに行くかい?」

ロブの誘いの言葉に、カークはわずかに身じろぎ、少しの間を置いてから「ああ。」とだけ返してきた。
初めの時だけだった、カークから動いてきたのは。
ロブがカークの中に秘め隠された意外な情熱に驚くほど、まさに堰を切って溢れ出すように、カークは求めてきた。
カークがロブに対するそういった衝動をどれほどの間こらえてきたのかは知らなかったが、いかに想いが募っていたのかを伝えるには十分なほどに烈しく。
ロブがそれを拒まなかったのは、そうなる予感がどこかにあったからだ。
そして、少しも嫌だとは思わなかったからだ。
もう、ただ単純にその想いを愛だとか恋だとかという言葉で表せるほど純粋ではなかったが、好きかどうかと問われたら間違いなくカークが好きになっていたから。
求められる事は歓びでもあった、自分の中の様々な思いが、それによって満足させられる。
しかし、カークが自分から積極的にロブに触れてきたのは、それが最初で、最後だった。
ロブに対する想いや欲望が醒めていったのではないことは、わかっていた。
こんなにも狂おしい瞳を、いつも注いでくるのだから。
誘いの手を伸ばせば、壊されそうなほどの熱さで抱きしめてくるのだから。
それでもカークは動けないのだ。
ロブは初めての夜以来、カークが何に対して恐れを抱いているのか最近少しわかってきた。



眼鏡を外してサイドテーブルに乗せたのを合図にして、待ちきれなかったかのようにカークはロブの身体を引き寄せる。
言葉もなくただ、くちづけを繰り返して燃える手で身体中をくまなく彷徨う。
若過ぎる恋の愛撫のように飢えて貪りあう。

「ロブ…ロバート…」

長い金髪に絡めた指にくちびるを押し当てて、カークがロブを呼ぶ声はいつもどこか不安気だ。
そうだ、君の求めるものがこれだけだったら、君はそんなに臆病にならずに済んだのにな、とロブはカークに同情した。
あまりにも持つものの少なかったカークに、ロブは一度に多くを与えすぎた。
だからカークは、手に入れたものをひとつも手放すまいと執着する。
結果、失うことを恐れて怯えている、今も。
やっぱり俺のせいか、カークに与えすぎたのは自分がカークを縛りたかったからだ、とロブはわかっていた。
執着させたかった、がんじがらめにしたかった。
カークが欲しかった。

「カーク、来いよ…俺の中に入って来い…早く…」

そろそろこれは、恋とか愛とかいう言葉で語ってもいい想いになってきているのかもしれない。



時折きっとカークの存在すら忘れることもある自分の薄情さを思い出して、ロブはそれはカークには内緒にしておく事にした。
ああ、やっぱり忘れてしまうわけにはいかないんだな、ハンガーの外の世界を、とロブは思った。
だって、こんなカークを放ってはおけない、放っておくわけにはいかない。
置き去りにしてどこかへ行ってしまったら、きっとカークは壊れてしまう。
カークを大切に思うように、カークのいる、カークといる世界を大切に思う。
忘れかけてもきっと必ず戻ってくる、この心地よい時間に。
本当は繋ぎとめていて欲しいのだ、カークに。



それにしても、毎度毎度こちらから世話を焼いてやらねば動けないような男は少々手間だ。
そうやってカークを誘惑するのも実は嫌いじゃないが、やはり時にはカークから情熱的な誘いも受けてみたい。
だからロブは、ひとつカークの心配事を取り除いてやることにした。
激情が引いていったあとで、またもや自分を責めて沈み込んでいる様子のカークの頬を掌で包んで、ひたいを合わせながら言ってやる。

「カーク、安心しろよ。
俺が君とこうなったからって言って、君の友達のロブはいなくなったりしないんだから。」



END




初めてカーク×ロブなんて書いてみて、いきなりこんなの…
設定的には「α」な感じのイメージで書いたんですが、このロブいったい何でしょうか…ぜんぜん「α」でもなんでもなく、ロブとも言えない人のようですが。
今まではロブはめっちゃいい人に書いてきたような気がするんですが、×がついたとたんにろくでなしです。
どうも私の書くもんは、受けキャラろくでなし度が高いような気がいたします。
ロブさんがお好きな方には大顰蹙でしょうねえ…カークさんもなんだか情けないし。
カークとロブがお互いをなんと呼んでいるのか判らなかったor思い出せなかったので「おまえ」「君」に何故かしてしまいましたが、違ってたらすみませんです。
それにしても、リクエストいただいておいてこんなイロモノめいたものを書いてしまうあたり…やはり「裏切り」コーナーですね。




安藤紅蓮様のサイトで裏(笑)の2500番を踏みましてリクエストさせて頂きましたv
カーク×ロブですよ!!きゃーvvカーク博士がかわいい〜vvロブがカッコいい〜〜vvv
本当に素晴らしいカーロブをありがとうございました!!