みずうみ


まだ小鳥の囀りが溢れかえるような時刻、それでも基地の中では早すぎるということはなく、朝なりの慌しい活気で賑わいを見せていたが、そんな中を私服で急ぐ二人連れはやはり目立つ。
誰ともなく、声をかけられることもしばしばだった。

「リュウセイ少尉にライ少尉、今日はオフかい?」

「おお、遊んでくるぜ!」

「せっかくのオフに野郎二人で外出とは、虚しいねえ。」

「言ってろ!」

返事を返すのは主に顔の広いリュウセイの役目で、屈託のない笑顔を気さくに振り撒いていたが、足は止めない。
その傍らを付かず離れず歩を進める金髪の相棒は時折ちらりと振り返るのみで、たまたま近くを歩いているだけのような顔をしていたが、二人が連れ立ってどこかへ出かけるのだろうという事は誰の目にも明らかだった。
声をかけてきた顔見知りに軽く手を振って別れたあと、リュウセイは少し前を歩くライに足早に追いついて顔を覗き込む。
さっきからずっと黙っているから、もしかしたらあまり機嫌が良くないのかと、ちょっと心配になったからだ。
いきなり近づいてきたリュウセイの顔からライが少し戸惑ったように引いた。

「な、なんだ?」

「いや…出掛けるの、あんまり乗り気じゃないのかと思って。」

ライが、無理に作ったようなしかめっ面を向ける。

「俺は乗り気じゃない事を承知する程お人好しじゃない。
たまにはお前と出掛けるのも悪くはないと思ったから行くと言ったんだ、余計な心配はするな。」

「悪くない?それだけか?」

「ああ、それだけだ。」

ちぇっ、と、リュウセイは小さく不平の声を漏らした。

「俺、おまえと久ぶりに出掛けんの、すごく嬉しいぜ?」

「…恥ずかしい奴だな…」

「なーんで!嬉しいもんを嬉しいって言って何が悪いんだよ。」

文句をつけながらも、でもリュウセイにはなんとなくライの表情が読めた。
ライの野郎、照れてやがる。
あまり変わらないように見えるライの表情を、最近見分けるのが随分上手くなった気がする。
出会った初めの頃はその愛想の無さと言葉の辛辣さになんて奴だと思わせられる事もあったが、今思い出してみるとそんな中にも結構ライの内心が顔を覗かせていた瞬間があったように思う。
そんなささやかな瞬間を、いちいち憶えていられる自分はちょっとすごいと思う。
大切な人間だと思えるようになる前から、きっとライに何かを感じていた。
だから、よく見ていた、憶えていた。
ライという人間を見落とさなかった自分は、すごいと思う。
表情を読まれていることに気づいているのかいないのか、ライは今も澄ました顔を崩さずに真っ直ぐ前を見据えているが、僅かに眩そうに細めた目元やわざとに固く引き締めた唇で、照れくさくてリュウセイの顔がちゃんと見られないのだと読み取れた。
深く人と付き合うことに慣れていないライが、いまだにリュウセイとの接し方に戸惑っているのは感じていた。
自分の感情を出すことに躊躇いを覚えていることは知っていた。
でも、それがライなんだから…ライってそういう奴なんだから、それでもいい。
いや、そんなライだから、余計に惹かれるのかもしれない。
無意識に、顔が笑っていたらしい。

「本当に楽しそうだな、リュウセイ。朝っぱらから元気な奴だ。」

「え…あ、ああ!あったぼうよ!」

「ふっ、朝に弱いおまえにしては珍しいな。
ましてや、昨夜あんなに…」

「んー、ホンネ言うと、実はめっちゃくちゃ眠い。」

くくっ、とライが喉の奥で笑い声をあげた。
やっぱりライの笑った顔見るの、嬉しい。
あんまりしょっちゅう見られないから、もっと笑わせてみたいと思う。
まだどうしたらいいのかよく判らないけれど、これから探していけると思う、二人でいつも笑っていられる方法を。



リュウセイが知人に話をつけて借りてきた車を前にして、ひと悶着あった。
軍に入ってから免許をとったばかりのリュウセイが、自分が運転すると言ってきかなかったからだ。

「だってよぅ、俺が借りてきたんだから、俺が運転すんのが筋なんじゃねえのか?」

「お前は車の調達、俺が運転、それが役割分担とは言えないか?」

「そんなのどうでもいいよ、要するに俺が運転したいんだよ、そーいう事!」

「任せられんな。」

「何ぃっ!」

気色ばんで突っかかってきたリュウセイの頭を軽く押さえて、ライはきっぱりと言い切った。

「おまえ、昨夜は何時間寝たんだ?
休みの前だからと言って、遅くまでゲームなんかやっていたじゃないか。
寝不足でフラフラの奴が運転する車になど、安心して乗っていられん。」

「何言ってやがる、ライだって俺と一緒にやってたくせに!」

「フン、知らないと思っているようだがな、お前が俺の寝たあとに起き出して一人でこっそりやっていた事くらいはお見通しだ。」

「う…」

前の晩、リュウセイは無理矢理ライに付きあわせてゲームに興じていた。
リュウセイはそのゲームが好きだったし何度もやっていたから、当然のようにライには連戦連勝だった。
日頃、ライには敵わないことばかりだと少々悔しい気持ちでいただけに、すっかり気をよくして「手加減してやろうか?」などと言っていたのだ。
ところが、途中から風向きが変わってきた。
ふとライが「ああ、成る程な」と言ったかと思うと、それっきり勝てなくなってしまったのだ。
ゲームでまで勝てないなんて、リュウセイにとっては由々しき問題だった。
そうこうしているうちにすっかり夜も更けてしまい、ライに「もういい加減に諦めろ」などと言われたものだから、更に意地になってしまって勝つまではやめないと言い張った。
日付も変わってから、やっと何度か続けてライに勝ったところで、もういいだろう、と無理矢理のようにベッドに入れられた。
だが、リュウセイは眠れなかった。
ライは最後の何回かはわざとに負けたような気がする。
それも、手加減したと覚らせないような巧妙なやり方で。
そう思い出すと、悔しくてとても眠っていられなかった。
リュウセイがベッドを脱け出して、ライを凌駕するための猛特訓を始めたのは言うまでもない。
楽しみにしていた休日の予定を忘れていたわけではなかった。
ただ、もう少し、もう少しだけ、と思っているうちに、流石にまずいと思うような時間になってしまっただけだ。



ハンドルを握るライの隣で、昨夜の悔しさも手伝ってリュウセイはむっつりと黙りこくって流れていく景色に目をやっていた。
その一方で、またやってしまった、という後悔もだんだんと大きくなってくる。
せっかく楽しいはずだった遠出を、自分の態度ひとつで台無しにしかけている。
思い切って、ライに話し掛けようか。
でも、なんだか自分から折れるのがイヤだ。
ライに優しくして欲しくて、愚図っているんだっていうのはわかっていたが。
いつから気がついたんだろう、なんだかんだ言ってもライは絶対にリュウセイに対して甘いということに。
そのことに気がついてから、どんどん我が侭な自分になっていく気がする。
ライが甘やかすから悪いんだ、と勝手な事を思ってみたが、気恥ずかしい気分は消えてくれなかった。
もっと大人にならなきゃ、と思う。
さっき思ったばかりなのに、もっとライの笑顔が見たいって。
そしてその笑顔を作るのは、自分だったらいいと思うのに。
ライは今、どんな顔をしているんだろう。

「リュウセイ。」

丁度そう考えていた時にいきなり呼ばれて、ちょっとびっくりした。

「んー?何だ?」

なるべくなんでもないような声を出したが、本当はかなり嬉しかった。

「ああは言ったが、俺もかなり眠くなってきた。
あとで少し昼寝でもするか?」

そういえば、リュウセイがゲームで夜更かししたのを知っていたということは、ライもある程度は目が覚めていたからなんだろうな、と思いつく。
それでも、ライがちょっとやそっと寝なかったくらいで眠気に襲われるようなたちではないのは知っていた。
きっとリュウセイに合わせて言ってくれたのだろう。
やっぱりだ、こうやってすぐ甘やかすんだ、とリュウセイは胸の中だけでつぶやいた。
そして俺は、いつだってそれを待ってるんだ、と。

「そうだな、そうすっか。…ライ、俺…」

「帰りはお前が運転するか?」

「えっ!?いいのか!?」

「あまり乗らないでいると忘れるからな。
俺が厳しく指導してやるから、覚悟しておいたほうがいい。」

「ちくしょう、言いやがったな!」

言葉は乱暴でも、リュウセイの声には端からもすぐわかるほど嬉しさが現れていた。
そんなリュウセイのほうにちらりと目をやって、ライが目元にだけ微かな笑みを滲ませる。
あ、笑った、と、リュウセイはそれに気づく。

「機嫌直ったな。」

「お、俺は別に………ごめん、すぐ頭にきちまって…」

「そして、すぐに機嫌を直すのもお前だな。」

誉められているのか馬鹿にされているのか判らなかったが、ライの声は優しいから、それだけでくすぐったい。



車から降りて小径を下っていった先に、林が開けて小さな湖が広がっていた。
朝の霧がまだ残っている下に、ライの瞳に似た深い蒼がけぶっている。

「誰もいないぜ!」

「ああ…そのようだが、それがどうかしたのか?」

「ここってよぉ、いろいろ伝説があって、人が途切れることあんまりないんだってさ。
そのー、デートで来るカップルとかさ。」

「…?それで?」

「俺、ここにライと来てみたかったんだ。
なんでこんな朝早くから、って思ったかもしんねえけど、無理してでも人のいなそうな時間に来ようと思って…。
その伝説ってぇのが、ここに二人きりで来れたら…んー、いいや、あとで教えてやるよ。」

「なんだ、気になるな。」

「へへ…なあ、そのへん一回りしてこようぜ?
それから釣りもしてみる?釣竿も借りてきてあるんだ。
んで、弁当食って、昼寝かな。」

はしゃいで駆け出そうとして、リュウセイが砂利道に足をとられた。
危うく転びそうになった身体をライが咄嗟に支える。

「うわっ、と…ふう、助かったぜライ。…ライ…?…ん…」

そのまま抱き寄せて、ライがリュウセイの唇を塞ぐ。
だんだんと深くなっていくくちづけに、夢中でお互いの身体を寄せ合い抱きしめていた。
湖面を渡る風が、漣の音だけを運んでくる。
今はここだけが二人の世界で、世界には二人の他に誰もいない。




「ライ、俺、もっと大人になんなきゃな、ってさっき思ってたんだ。
あんまりおまえを困らせたくないし…」

「俺は困ったことなどないが。」

「そんなことないだろ。好きなんだよ、ほんとにライのこと。
好きなのに、いつも困らせちまう。
俺はもっと、ライが安心して頼れるような大人になりたい…。」

「そうか…。だが、俺は今のお前がとても好きだがな。」

「…えっ?」

「お前が好きだよ、リュウセイ。」

ライがそんなにストレートに言ってくれるとは思わなかったから、とても驚いた。
冗談や嘘でそんな言葉を言える男ではないライだから、まるで心をそのまま差し出されたような気になってくる。
やっぱり俺はすごい、とリュウセイは思った。
ライの殻を破らせたのが自分なら、すごい。
ライを好きになった自分はすごいと思った。




「行こうか、歩きながら教えてやるよ、湖の伝説。」

リュウセイの差し伸べた手に、ライが笑って触れた。



END




「ライリュウのラブラブで幸せな話」というリクエストを頂いた時は、今度こそ極めてやろうと燃えたのですが、出来てみたらまたなんだか…かゆいだけの話に…
実はこれを半分以上書いたところでいきなりパソがハングアップ。
読めるところだけ手書きで画面を書き写してバックアップ(笑)をとって再起動という、まさに呪われた作品です。
アップが遅くなったことへの言い訳でもあります(苦)
湖の伝説っていったいなんなんだ、と思われるでしょうが、えー(汗)某アン○ェリークに出てくる湖みたいなもんです…二人きりになるといきなりチャ〜ラ〜チャララララララ…とラブな音楽が流れ出して告白イベントが始まることになっとります(爆)


安藤紅蓮様のサイトで3000HITを踏んで頂きましたv
「幸せでラブラブなライリュウ」とお願いしていたんですが、、、もう、本当に幸せそうでvv
本当にありがとうございました(^^)