| 7月8日午後1時過ぎの3人 |
「…一体、何をしているんだ…?」 ライは、その部屋へ入るなり思わずそう呟いてしまった。 その部屋とは、いわゆる厨房。 しかし、ここは軍施設の食堂の大規模なものではない。 ある時は、空腹のため眠れぬ者が夜食を求めて冷蔵庫を漁りに来たり。 またある時は、女性隊員が菓子の類を作りに来たり。 要するに個人の家の台所のような所である。 居住区のブロックにひとつ用意されており、誰でも私的な用事で使える事になっている。 ライの知る限りでは、ここを本来の目的でよく利用するのはアヤ大尉だ。 少ない暇を見つけては、パンケーキやクッキーを焼いて、部下である彼らに振舞ってくれる。 時折、少々焦げ臭いものもあるがそれはご愛嬌。 その気持ちが有難いと、ライはいつも感謝している。 しかし、ライ自身がここを利用する事は当然ながら滅多にない。 今日この部屋に寄ったのは、保存食料のチェック、並びに補給当番だったからだ。 実際は当番と言っても、気付いた者がその度に補給し、期限の過ぎている物も見つけた者が勝手に捨てるので 真面目にやる者など殆どいないのだが、その、 「殆どいない者」の中に入っているあたりが如何にもライらしいと言えるかもしれない。 ともかく、そんな訳でライはこの部屋の前まで来たのだが、 その時中から、普通の台所から響くものとは思えないような音がライの耳に入ってきた。 文字で書き表すとしたら 「どんがらがっちゃーん…がちゃっ!がしゃ!がしゃっ!がしゃっ!…」 というのが一番しっくり来る表現だろう。 誰かが中で、何らかの作業をしている事は解るが、 わざわざこんな所まで来て調理をしようと思う人物が、はたしてこのような物音を立てるだろうか。 ガシャガシャという音は止まったようだが中で人の動く気配はしている。 このブロックの台所は殆どアヤ専用である。 もし中に居るのがアヤだとすれば、何かしら高い所の食器でも取ろうとして落としたのだろうか。 怪我でもしていては大変と思い、急いでドアを開けたのだが… 中の有様はそれはもう酷いものだった。 床や壁はいつもの状態からは想像できない程様々な色で汚れており、 テーブルの上には食器や調理器具が散乱している。 中に居た人物はと見れば、予想通りアヤもいるのだがもう1人、 およそここには縁のなさそうな人物が、ナイフらしきものを持って 何やら白っぽい、いびつな形の物体と格闘している。 そこでやっと一言出た言葉が最初のそれだったのだが、 その呟きが聞こえたのか、座っているアヤがライの方を向いた。 「え、あら、ライ!?あなたなんでこんな所に居るの!?」 「それはこちらのセリフです!…一体何をしてるんですか?」 …えっ!ライだってぇ!?」 そこでようやくライの存在に気付いたのか、リュウセイがガバっと音を立てそうな勢いで振り向いた。 そして、どうしようかと思案しているような顔つきのアヤと顔を見合わせる。 「リュウ…どうしましょう、ライには内緒だったのに。…んもう、だからやるなら夜にしようって言ったのに…」 「なんだよ!ライは絶対こんな所に来ねぇって言ったのアヤじゃねぇか!」 ぼそぼそとそんな会話を交わしているが、本人が目の前に居るので丸聞こえである。 「…二人とも。一体、今度は俺に隠れて何をする気だったんですか?」 口調は優しいものだが、額に怒りの四つ角を浮かべながらのセリフなので迫力満点である。 この二人が一緒になってライに隠し事をする時は碌な事にならない場合が多い。 大抵取り返しのつかない事になり、後始末はライがする、ということが多いのだ。 もう少し問いただそうかと思っていると、案外あっさりアヤの方が口を開いた。 「何言ってるの?あなた、この状態を見たら何をしていたかなんてすぐ解るでしょ?」 「え?」 リュウセイがすぐにアヤに突っかかっていたがそれは無視し、 言われて回りを見渡してみると、惨憺とした有様の台所の中、テーブルの上には小麦粉、砂糖、バターの缶、 生クリームのパック(全部蓋の開いたままなのが気になったが)等が散らばっている。 そして、ケーキ台の上には先程ちらっと見えたいびつな物体が。 「これは…もしかして…ケーキ、ですか?」 激しくでこぼこしている上に、乗せている生クリームが均一でなく、ますますいびつさを強調しているが、 確かにそれはデコレーションケーキになる予定の物のようである。 後ろでアヤが「ピンポーン」と嬉しそうに反応を返してくれている。 しかし、ケーキならケーキで符に落ちない点がある。アヤならばもっと上手に作るだろうし、1人でやるはずだ。 「何故…リュウセイがこんな物を作っているんだ?」 「えっ!?いや、そりゃ、その〜〜」 「ライ、あなた、明日が何の日か解っていないの?」 リュウセイがもごもごと口篭もっている間にアヤが横から口を出す。 「明日?」 やっぱり、と言った表情を浮かべてアヤは少し大げさなリアクションをつけながら続ける。 「あきれた人ねぇ。自分の誕生日も覚えていないなんて。」 言われるまで気付かなかったが確かに明日は自分の誕生日だ。 思わずリュウセイの方を見ると、照れくさいのか目線をはずして横を向いている。 「リュウったらいい所あるじゃないの。あなたの誕生日に何かしたいからって相談に来たのよ。 自分一人じゃ、何があなたに喜んでもらえるか解らないからって。」 「おっ、おい!アヤッ!!」 やめろよとアヤの口を塞ぎにかかったリュウセイを軽くいなしながらアヤはさらに続ける。 「一応ケーキも作ろうと思ってるけど、って言ったら、よし!それじゃ、俺がそれ作る!…って。 …こんな形だけど、リュウ、一生懸命作ってたのよ。」 あなたのためにね、と付け足しくすくすと笑うアヤの横で、 リュウセイが「う〜」と唸りながらジト目でアヤを睨んでいる。 どうやら照れ隠しのようで顔が耳まで赤い。 ライはと言えば、目を大きくしたままリュウセイとアヤを交互に見つめている。 勿論驚いた事もあるが、それ以上に胸が熱くなるような思いがして言葉がうまく出てこない。 そんな様子を見たリュウセイがしぶしぶと口を開いた。 「なんだよ。そんなに俺がケーキ作っちゃおかしいかよ。…誕生日っていったらケーキしか思いつかなかったし お前が俺の欲しいようなもん喜ぶとは思えないし…」 たしかに、超合金完全変形ギミックつきゲッターロボなど貰っても嬉しくはないだろうが リュウセイのくれた物ならなんだって大事にするだろうに、と思ったアヤだが 何とか口には出さなかった。 「ライ…やっぱり、こんなのより、店で買ってきた奴の方がよかったよな…? おれ、いっつも余計な事ばっかりしてさ…」 いつまでも黙ったままのライを見てどう思ったのか、 急にしゅんとしてしまったリュウセイを見てライは慌てて喋りかける。 「な、何を言っているんだ。俺のためにしてくれたんだろう。余計な事など… 買ってきたものでも嬉しく思うだろうに、わざわざこんな…」 「ホント?…こ、こんなぐちゃぐちゃなのでも?」 「当たり前だ。…こんなに、心の篭った物を貰ったことは…ない。」 それを聞いたとたんにリュウセイの顔がますます赤くなる。 珍しく、ライの言葉にはごまかしや隠すような所が何もなく、感謝の気持ちが溢れていた。 動転した頭で咄嗟に出た言葉だったからかもしれないが、 人の気持ちを察するのに聡いリュウセイにはそれが判ったのだろう。 それ以上会話の続かなくなった二人を見てやれやれとアヤが間に入ってきた。 「とりあえず、デコレーションがまだ終わってないし、ケーキを冷やす間にここも片付けないといけないしね。 …ライにもばれちゃったんだし。折角だから手伝ってもらいましょうか。」 片付けには散らかした時の3倍近く時間がかかり、ライは結局いつもの通り貧乏くじを引いたのだが、 気持ちは何処か晴れやかで、彼らしくないが、いつまでも幸せそうな微笑が浮かんでいた。 この際、彼が甘い物を苦手としているという事はさして問題ではないだろう。 END |