| SUNSET SUMMER |
アヤは二人しかいない部下、それぞれの誕生日の日に決まって休みをくれる。 そう、必ず、ふたり一緒に。 …この休暇にアヤのどのような意図があるかは定かではないが、 今年も例に漏れることなく、ライの誕生日である7月9日に二人揃って休暇が出た。 しかし、揃って休暇を貰っても困るのは当人達である。 お互いにお互いの事が嫌いではないのだが、 特別に仲が良いと言う訳でもない(と当人達は思っている)。 だが、揃って休暇が出てしまうと一応チームを組んでいる間柄、何もしないわけにはいかなくなる。 そんな訳で、今までも適当にあちらこちらへ遊びに行ったり、 部屋でささやかながらパーティーのような事をしたり。 そういったことを繰り返すうち、相変わらず憎まれ口を叩き合う関係ではあるが 随分と親睦は深まってきたようで、その結果はフォーメーションや チーム戦術におけるデータを見ても、それ以前とは段違いの成果が上がっている事で確認できる。 ライなどは「これがアヤ大尉の狙いか」とも思うのだが、如何せん、揃って休みをくれる日付として クリスマスとバレンタインデーが含まれている辺り何とも言い難い。 ともかく休暇を貰った以上今年は何をするかという話題になった所で今回は問題が生じた。 「ライ、困った……金がない。」 「は?」 自分の端末を見ながら、リュウセイがそんな事を言って来た。 ちなみに、この日の日付は7月8日。 しかもかなり翌日に近くなっている時刻である。 「ないって…どれくらいないんだ。」 「ほら、こんだけ。」 ライが画面を覗き込むと、確かにもうちょっとで3桁かという微妙な数字が残高として映っている。 無いにも程があるというものだ。 基本的に、二人がお互いの誕生日に何かする場合 その時の経費は誕生日で無い側の人間――今回の場合はリュウセイ――が 負担するのが暗黙の了解になっていた。 そして休みが言い渡されたのは2週間も前になる。 …普通は置いておく物であろう。 「…今時子供でも、もう少しは余裕を持って使うと思うがな…。」 「うるせえ!…あれぇ〜、でも、何でこんなに無いのかなぁ…」 ライには直ぐに見当がついた。リュウセイがつい先日、何かのオークションで 「随分昔に製造中止になった何とかいうロボットのフィギアBOX」を落札したと 嬉しそうに語っていたが、きっとそれが原因だろう。 ライがそれを伝えるとリュウセイは「おお!」と手を打っている。 ようやく合点がいったようだ。 「本当に後先を考えん奴だな…もう少し、金は考えて使え。」 溜息混じりに言ったライに対してリュウセイは憤慨したように声を荒げた。 「だって!その時を逃したら手に入らないもんってのがあるんだぜ!? 使う時にはパーっと使わないと…」 「そして、貸してくれと言って泣き付いて来られるのは俺なんだがな。」 「……ごめんなさい、気をつけます……。」 うなだれて反省しているかと思えば、ぱっと顔を上げ「だからまた貸してくれな」 と笑顔で言うリュウセイにライはこめかみを抑える。 「……ともかく、明日は普通の休暇でいいだろう。 よく考えれば子供でもあるまいし、いちいち誕生日を祝ってもらう事も…」 ライの言葉が終わらないうちに「ちょっと待て!!」とリュウセイが割り込んできた。 「ダメだぞ!!えっと…うん、もう今日だな。…今日はお前の誕生日なんだ! 今日だけは俺の驕りで一日遊んでもらうんだからな!」 びしい!と音が付きそうなリアクションでライを指差し、そんなことを言う。 ライには理解不能である。 「……金も無いのに何をするするつもりだ?」 そこでリュウセイはニヤリと笑い、答えた。 「ウチに遊びに来いよ!ここから近所だしさ!!」 「………は?」 ライにしては珍しく間の抜けた顔で聞き返してくるのを リュウセイは笑みを深くして実家の位置について説明する。 奇しくも、今回の艦の寄航先は川崎であった。 しばらく使っていないから、と言うこともあり二人は午前中から家の方に向かった。 伊達家は、いまや懐かしの日本家屋といった佇まいで、どちらかというと長屋に近い作りになる。 近所付き合いも割と頻繁に合った様子で、リュウセイが近所に挨拶をしに行くと 「まあリュウちゃん久し振り元気だった?」「お母さんの様子はどう?」 等お決まりの文句から始まりひとしきり近況報告をした後、結構な差し入れを貰って帰宅した。 「…リュウセイ、お前にしては珍しく 礼儀にかなった事をする物だと思ったが…もしや、これが目的か?」 「そんなわけないだろ!…うーん、みんなお前がいるから気ィ使っちゃったのかなぁ…」 いつの世も、ご婦人方は男前に弱いものである。 ともあれ、そんな会話をしながら家の片付けなどを始めたのだが… ピンポーン …と、掃除も大分済んだかといったあたりで昔ながらのインターホンの音が響いた。 「…客?セールスかなぁ、ウチずっと留守なのみんな知ってると思うんだけど…」 そう言いながら玄関に出て行ったリュウセイが戻ってきた時、 人数は、なぜか大幅に増えていた。 「お邪魔します…、あら、ライ!今日はいい天気で良かったわね!」 「なっ…たっ、大尉!?」 「やあライ!今日誕生日なんだって?おめでとう!」 「ロバート博士…みなさん、一体どうしたんですか…」 他にも二人と比較的仲のいい整備班やパイロットの連中までいる。 唖然とするライに大荷物を抱えたアヤが笑顔で答えた。 「今日は艦がメンテナンスを受けるから、結構休みをもらえる人が多かったのよ。 それで、ライがリュウのお家にお邪魔するって聞いたから、それじゃみんなで 誕生日パーティーでもしましょうか、って事になったのよ。 それにリュウ、今月お金ないでしょ?ろくなお祝いできないんじゃないかと思って。」 自分がリュウセイの家にいることは誰にも言っていないし、 なぜ、そんな細かい事情まで知っているのか疑問に思ったライだったが 辛うじて口には出さなかった。 「夜になったらこの辺、花火大会があるんだってな。 カーク達も後から来るらしいし、今日は賑やかになるぞ〜。」 「ほらほら、リュウもライも片付けで汗かいたでしょ? 浴衣持ってきたから花火に備えてもう着替えときなさい。後は私たちに任せといて!」 そうして二人は縁側の方に追いやられ、二人仲良く浴衣姿で ご近所から頂いたスイカなどかじっている所である。 時間の頃は午後5時過ぎ。やっと、強い日差しが落ち着きを見せようかという頃合。 あれから後の居間はアヤに仕切られ、着々とパーティーの準備がすすめられているようだ。 今日の主役であるはずのライはと言えば、半ば呆然とした様子で縁側に腰掛けている。 やや疲労の色が見えるのは致し方あるまい。 「…なんと言うか…慌ただしい一日だったな…」 「何言ってんだよ、まだ全然終わってないぜ!後からまだみんな来るんだろ? …へへっ、こんなにウチに人の来ることって無かったから、何か嬉しいな。」 リュウセイは子供のようにはしゃいでいる。 花火があがる事も知らなかったようで、随分楽しみにしているようだ。 「でもさ、良かったよな、賑やかなパーティーになりそうじゃねえか。 おれ一人だったらさ…正直、どうしようかなって思ってたよ。金もねえし、プレゼントもねえし。」 ふと、声のトーンが変わったような気がしてライは顔をリュウセイの方に向けた。 さっきまで明るい表情だと思っていたが、少し俯き加減になっている。 「なあライ、何か…俺にして欲しい事とか、ない?」 「……何?」 リュウセイの口から出るには少々以外な内容にライが聞き返すと 身体をライの方へ向けて縁側に手を付き、顔を近づけてきた。 「だから…その、折角お前の誕生日なのにさ、何にも出来ないのもアレだし。 よく考えたら今まで色々お前に借金したりしてるけど、結構踏み倒してるような気がしてきて…」 リュウセイは何故かそこで一旦言葉を切り、覚悟を決めたように口を開いた。 「今までの借り分もまとめて、今日一日…俺をお前にやる。好きなようにしてくれ。」 リュウセイは真っ直ぐライの目を見詰めている。 普通ならば大した事の無い内容のはずだが、表情は恐ろしく真剣だ。 頬が、赤く染まっているように見えるのは夕焼け掛かってきた空の色が移っているのだろうか。 リュウセイが、さらにライに近寄ってくる。 着物の着方が悪いのか、あるいはがさつな所作の為か、 胸元は大きくはだけ、膝から下も随分着物の外に出てしまっている。 「なぁ、ライ……」 開いたリュウセイの唇が、いやに紅く見えた気がした。 ライの右手が、自然とリュウセイの方へ伸びる。 リュウセイはじっと動かない。 いつも飛び跳ねている固めの髪を掠めて頬に触れた時、リュウセイの身体がピクリと跳ねた。 瞬間、水を被せられた様に現実へ引き戻された気がした。 高まる鼓動に。 まるで誘われるように、勝手に動いていた自分の右手に。 ライはこの時初めて気が付いた。 「……リュウセイ……」 リュウセイに触れた手が、 そのまま頬を思い切りつねりあげた。 「いててててて!!!な、何すんだよライっ!!」 リュウセイは慌てて身体をライから離し、赤くなった左の頬を抑えてライに怒鳴りつける。 「馬鹿者。…そんな事で済まそうと思うな、借りた物はきちんと返せ。 …それに、そんな事は一日の始めに言うものだ。」 さらに「今日一日ここまでこき使っておいてよく言うものだ」と、 ライは涼しい顔で腕を組み、内心の動揺を悟られぬように努めて冷たく振舞う。 リュウセイがそれに対し何やら喚いているが、半分も聞こえてはいなかった。 あの衝動は何だったのか。 その瞬間を思い出すと自分が自分でなくなったような心地がして薄ら寒くなる。 リュウセイが、違う生き物のように見えた。 自分の意識の底で彼をそんな風に思い描いているのだろうか? それとも…… 「ライッ!聞いてんのかよ!!……ん、どうした?」 リュウセイは、もういつも通りのリュウセイに見えた。 反応の薄いライに訝しんだのか、少し眉を寄せて様子を窺っている。 夕焼けの色が彼の姿を明るく染めてはいるが、妖しさを感じることは無い。 ライは自嘲気味にふっと笑い、「なんでもない」と答えた。 逢魔が刻には少し早いが、夕闇に近い空気の見せた幻のようなものだったのだろう。 ライは、そう思う事にした。 だが、もしこの次にこんな気持ちになる事があったなら、 あの衝動の理由が解かるだろうか…? 「ライ、リュウー!ご飯できたわよー!」 そこまで考えた時、アヤの声がライの思考を遮った。 「お、飯だって!!行こうぜライッ!」 リュウセイは嬉しそうに中へ入っていく。 居間の方には既に後発隊も何人か到着しているようで、随分と人の気配が増えていた。 ライは一度軽く首を振り、リュウセイに続いて家の中へ入ろうとした。 その時、「あっ」と声を上げて、リュウセイが振り返る。 「俺、朝から色々考えてて肝心な事言ってねえよな…ライ、誕生日おめでとう!!」 満面の笑顔。 再び例の衝動が襲ってくる日は案外近いのかも知れないと 何故かそんな予感がしたライだった。 END |
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先ずは、アップが遅くなりましてすみません…もう8月じゃん!!(汗) そして、なーんかまとまりの無い話ですみません(汗) 本当は、ただ浴衣で二人がいちゃついてるだけのになるはずだったんですが… どこでどう間違えてこんな事になったんだろう〜。 そして、「日没」と言いながらイラストはめっちゃ真昼な感じの罠。 おまけに設定も時期も時間も捏造&ウソ吐きまくりです(--;) いつも似たような、ラブ一歩手前の話しか書いておりませんが たまにはいちゃいちゃしてる二人も書いてみたいものですねぇ。 ともあれ、ライ少尉お誕生日おめでとうございました!(過去形) いつもヒドイ扱いしかしてないような気がしますが大好きですよ〜。 …信じてもらえんかなぁ、やっぱり(笑) |