BIRTHDAY CAKE
基地特有の無機質な色の続く通路。
一日の訓練を終えたライはロッカーに向かうべく人気の無い廊下を歩いていた。
カツン、カツンと、一人分の足音がやけによく響く。

SRXチームの訓練は他の部とは違い特殊な物が多い。
その為終了時刻が随分と遅くなる事も侭あることだ。
今日もその例に漏れることなく、大半の者が既に就寝しているような時刻である。

歩を進めながら、明日のスケジュールを頭の中で反復していたライの後ろから
パタパタと音を立てて走り寄って来る者がいた。
「ライーっ!飯食いに行くんだろ、一緒に行こうぜ!!」
「そんなに大声を出さなくても聞こえる。…夜中だぞ、もう少し静かにしろ。」
あ、そうか、と大声の主は慌てて口を手で抑える。
その様子を呆れた様子で見ながらも、ライの口元は笑みの形を描いていた。

欠点だらけのリュウセイだが、そのタフさは敬意を払うべきほどの物だとライは思っている。
どんなに厳しい訓練を科せられても、いつも元気なリュウセイを見ると
自分の疲れなど何でもない事のように思えてくるものだ。

リュウセイはそのままライの隣りに並び、一方的に喋り始めた。
こんな時、ライは適当に相槌を打っているだけの事が多いが、リュウセイはそれでも嬉しいらしく
その返事に一喜一憂しながら話を続けている。
「でさ……あ、そう言えば明日って何日だったっけ?」
「8月8日だ。……ん?」
ライはふと足を止めた。リュウセイは少し行き過ぎた形になってライを振り返る。
「?どうした、ライ?」
ライはリュウセイを見、口を開いた。
「思い違いなら悪いが…明日はお前の誕生日ではなかったか?」
「…あ、そう言えば…そうかも。」
最近忙しくてすっかり忘れてた、とリュウセイは声を出して笑っている。
「しかし…こう忙しくては暫くは何もしてやれんな…。
明日は無理だが、何か欲しい物はあるかリュウセイ。」
その言葉に、リュウセイはとても意外そうな表情を浮かべて首を横に振った。
「え!…いや、いいよそんなの。何か、悪いし…。」
「何だお前らしくもない。遠慮などするな。」
「いや、本当にいいよ、それよりも俺、今すっげえ嬉しいから。」
「何?」
リュウセイは照れくさそうに頬を掻きながらライを見る。
「いや…忙しいのにさ、ライが、俺の誕生日覚えててくれたんだなって、
それだけで何か…うん、嬉しかった。」
「………そうか。」
「うん!」
返事だけをみるとそっけないが、二人とも随分と顔が赤くなっている。
どちらからともなく顔をそらし、また歩き始める。今度は二人とも無言であった。



ロッカーで着替えてから、食堂は閉まっている為24時間空いている軽食の方で簡単に夕食を取り、
二人は、今度は居住区に向かって歩いている。
廊下にはやはり人気はなく、しんと静まり返っていた。

何気なく、今度はライから口を開いた。
「お前は…甘い物は好きな方だったな。ケーキ位なら明日でも買えるか…。」
「本当にいいって、明日も大変そうなんだしさ…」
とそこまで言ってから「あっ」とリュウセイが何かを思い出した様子で手をぽんと打つ。
「どうした?」
「いや、そう言えば…兄貴の作ったケーキ、すっげー美味かったなーって思い出してさ。」
「……何!?」

リュウセイが「兄貴」もしくは「兄ちゃん」と言う場合、それは「ライの兄貴」、「ライの兄ちゃん」の略であり
すなわち、エルザム・V・ブランシュタインの事である。
エルザムは決戦前の少しの間だが、ハガネでリュウセイ達と共に過ごした時期があった。
その時にリュウセイは、エルザムと同時期に再び仲間入りしたゼンガー少佐に何故かえらく懐いており、
いつもゼンガーと一緒にいるエルザムにも随分かわいがられていたのである。

「…俺はそんな話は聞いていないぞ…あの非常時にケーキなど焼いていたのか、あの男は。」
エルザムの話になると、どうしても眉間に皺の入るライである。
「うん、ライには内緒だって言われたから言ってないもん。…あ、今言っちゃった。」
もう時効だよなー!とリュウセイは誤魔化すようにわざとらしく笑っている。
そんなリュウセイを今更怒る気にもなれず、ライは益々脱力していた。
「あの時は…今日こそは親分に食べて貰うんだって言ってたっけな…
遊びに行ったら丁度焼けてて味見させてもらったんだ。
それが今まで食べた事ない位美味しくってさ…あのケーキ、もういっぺん食べたいなぁ。」
それまでニコニコと話していたリュウセイが、ふと表情を少し硬くしてライに問い掛ける。
「なあライ。…兄貴たち…どこに居るのか、やっぱり…わからないんだよな。」
「……ああ。」
「でも、きっと元気だよな。また、会えるよな?」
「ああ。」
「そうだよな。あの兄貴と親分だもんな!無事に決まってるよな!」
「ああ…そうだな。」

エルザムとゼンガーの二名は、例の決戦の後消息を絶っていた。
リュウセイは、何も言わずに姿を消してしまった二人の事を口には出さずとも心配しているようで
何かの折に触れると少し寂しそうな表情になることがある。

ライは、あの二人が自分たちの前に現れることは恐らくもう無いのだろうと感じていた。
タイプは全くと言っていいほど正反対の二人だが、根底にある本質はとてもよく似ている。
良くも悪くも軍人らしい、武人らしい、余りにも潔良いあの二人が、
たとえどのような理由があろうとも一度敵として立ちふさがった身である以上
その自分たちを許す事はきっと無いのだろうと。
あるいは、再び地球に脅威が訪れる時。
その時には再び強大な盾、そして強き剣として我らと共に戦うのだろうか。

戦場でしか邂逅する事のない者。
彼らのような者のことを死神と呼ぶのかも知れない。

「器用な男だと思っていたが…案外、そうでもないのかもしれないな。」
口に出ていたらしく、リュウセイが聞きとがめて聞き返してくる。
「…?なにが?」
「ん?…いや、なんでもない。」

自分も大概不器用だと思っていたが、兄はもしかしたら自分よりも
余程不自由な生き方しか出来ない、とても不器用な人間なのかもしれないと思った時。
次に兄に会う事があるならば、もう少し、兄と言葉を交わせるかも知れないと冷静に感じている自分を
ライは不思議なような、当たり前の事のような、そんな気持ちで受け止めていた。

「リュウセイ…俺たちが戦いに身を置く限り、きっと…あの二人とは出会う事があるだろう。だから…」
大丈夫だ、と言うライにリュウセイはとても嬉しそうに微笑んだ。



リュウセイの部屋の側まで来た時、ドアの前に何か置いてあるのが見えた。
ペーパーバッグの中に丁寧に包装された箱が入っており、リボンの下にはカードが添えられている。
「…ライ、これって…」
「箱の形から推測すれば…おそらくケーキ、だろうな…。」
思わず顔を見合わせる。
「…とっ、とりあえず、開けてみようぜ。ライ、中入れよ。」
「あ、ああ…。」
心持ち急いで部屋の中に入ると、リュウセイは備え付けのテーブルにペーパーバッグを置き、
そっと中の箱を取り出した。
カードの宛名を見ると、間違いなく自分に贈られた物らしく、
流れるように美しい字体でリュウセイの名前が記されてあった。
その字を見た段階でライには誰からの物か見当がついたのだが、
理性と常識的判断がそれを肯定する事を許さなかった。
「リュウ…カードを開けてみろ。」
「おっ、おう。」
リュウセイはカードを開くなり、
「だめだ!…これ、お前に読んでもらえって事かな…」
「何?」
覗き込んでみると、文体は見事にドイツ語であった。
ライは再び皺の入り始めた眉間をほぐしながらカードに目を落とし、リュウセイに読み聞かせ始めた。

 「親愛なる我が弟達へ
 盛夏の候、変わりなく壮健である事と思われるが如何に過ごしているだろうか。
 8月8日はリュウセイ少尉の誕生日と聞き及び、
 以前、このケーキを随分と喜んでくれた事を思い出したのでお贈りさせていただいた。
 本来ならばもう少し良い物を送りたかったが
 我が友が、生ものは良くないと言うのでこちらにさせていただいた。口に合えば幸甚だ。
 日本は暑い日が続くと思うが二人とも体を壊さぬよう留意していただきたい。
 最後になったがリュウセイ少尉、誕生日おめでとう。
                                  エルザム・V・ブランシュタイン」

日本語的な意訳になっているのはライの性格による物だろう。
それを聞き終わるや、リュウセイはぱあっと表情が明るくなった。
「ライ!兄貴たち元気そうじゃねえか!良かったな!!」
対照的にライの表情は半ば呆然と言った風だ。本気で頭痛がしてきたかもしれない。
「…何故…ゼンガー少佐もずっと一緒なのか…?」
「そうだよ!いやぁ、何かほっとしたぜ!」
「…俺の誕生日には何もしなかったくせに…」
「何言ってんだよ、お前兄貴にこんなことされたら嫌がるだろ?」
確かにそのとおりである。が。
姿を見せなければいいという問題かとか、いつからリュウセイはお前の弟になったんだとか、
色々と言いたい事はあったが、それはとりあえず胸に閉まっておく事にした。
本当に嬉しそうに箱を開けにかかっているリュウセイをみると何も言えなくなってしまったからだ。

最近、リュウセイの念動力は不安定さを見せていた。
訓練が遅くなる要因の一つにそれがあったことは本人もわかっている事だろう。
精神的に不安や悩みがあるとうまく集中ができないのは普通の者と変わらない。
リュウセイの不安の全てと言う訳ではないだろうが、少なくとも要因の一つであるあの二人の安否
と言う点を明らかにしてくれたおかげで、明日からの訓練に好影響を与える事は明白だった。
それを考えればやはり、自分は兄に感謝しなくてはいけないのだろう。
もしかしたらリュウセイの不調を見越してこんな物を送ってきたのかもしれない―。
そこまで考えてライは、礑とあることに思い当たった。

「…もしかして、案外近くに居たりするのか…?」

姿が見えないからといって遠くに居ると言う訳でもあるまい。
案外近くにいて自分たちの様子を窺っているのかもしれない…
…一度そう思ってしまうとベッドの下やクローゼットの中からでも突然出てきそうな気がしてくる。

急に周りを警戒しだしたライを不思議そうに見ながらリュウセイが声をかけた。
「なあライ、このケーキ、今日はもう遅いから明日みんなで一緒に食べようぜ。
こういうのには紅茶がいいんだろ?美味いの入れてくれよ!」
満面の笑顔ではしゃぐリュウセイを見ると、やはり何も言えなくなってしまう。
「そう言えば、兄貴の入れてくれた紅茶も美味かったよなー」などと言いながらケーキを箱に戻す
リュウセイを見ながら、もしかしたら、近いうちに紅茶が送られてくるかも知れないなと、
何となく思うライだった。

                             END


捏造シリーズ第二弾(爆)
4人が同時に出てくるので舞台はOGでお願いします。
(何が)

〇兄に妙にかわいがられているリュウセイ
〇何気に一心同体くさい親分と兄
〇兄が絡むとちょっとおかしくなるライ

…以上3点がテーマでございます(笑)
リュウセイとライの仲がどこまで進展しているかは
ご想像にお任せします(笑)
いや、ウチの4人はなんだかこんな感じなんだろうなぁと、
このSS書いてる間に性格やら位置付けがしっかりしてきました。
兄、完全に変人決定ですね。

ちなみに、作中のケーキはドライフルーツの沢山入ったパウンドケーキ。
兄は、本当は生クリームでしっかりデコレーションした
バースデーケーキを贈るおつもりだったようです。
…そりゃ親分も止めるわな。